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閑静な街中に、ひっそりとたたずむ門。
細い石畳を進み
暖簾をくぐった先にあるのが
緑と、水と、光があふれる空間
甘味処たか長です。

 

身体にやさしい材料をつかい、
食べた人が笑顔になる
もらった人に喜ばれる
そんな願いが込められたお菓子を
堺の街からお届けいたします。

先代 高野裕士が夫婦で始めた「日本料理店 石津たか長」。
お店をオープンしわずか2年でこの世を去り、
一時はお店を閉めることを考えておりました。
しかし 先代が残した「たか長」、
そして長次郎の想いを引き継ぐため、
「甘味処 たか長」として、新しく
スタートさせていただくこととなりました。
デザートとして好評だったお菓子「ちぐさの実」を
手土産としてご利用いただける菓子箱でご提供致します。

先代が大切にした長次郎の理念、
また皆さまに喜んでいただけるお菓子を
堺の街から発信させていただけますと幸いです。

たか長の屋号は、先々代 高野長次郎氏の名前に由来します。
土に生きた隠れた発明家 高野長次郎は、

明治32年に農家に生まれ、
9歳までしか教育を受けることができなかったにも関わらず、
昼は農業を営み、夜は不眠不休で農機具の発明に工夫を凝らしました。

そうして足ふみ脱穀機や除草機、当時としては画期的な散水風車を開発。
それが全国的使用されるに至りました。

かつて港から石津浜寺にかけて二百基以上あったという風車は、
大正時代後期にこうして誕生し、
春菊やハジカミ、唐チシャ、ほうれん草、糸三つ葉、大根、ネギ、白菜等
当時の野菜作りに大きく貢献したのです。
「長次郎さん、特許を取ってもうけたらええのに・・・」
と、勧める人もいたそうですが、長次郎は
「自分の百姓仕事に少しでも役立てば、と思って作ったんや。
それが皆の役にたてば、これに越したことはない」
と言って、取り合わなかったそうです。

長次郎が作った風車は、誕生からわずか40年ほどの
人の一生にも満たない疾風のような生涯でした。
しかし、その長次郎の意思は、
たか長が堺の街で紡ぎ続けたいと考えております。